酒でほてった肌に、夜気がひんやりと気持ちいい。

俺は、庭に並ぶ石を見るともなしに眺めながら、気ままに歩いていた。

城からもれる光が、ぼんやりと辺りを照らしている。

静かだった。

こうしていると、酒盛りのにぎわいが遠い別世界のことのように思える。

空には、にじんだ月が浮かんでいた。

その光がこぼれるように、昼間見かけた桜の木が、はらはらと花びらを散らしている。

と、後ろでコトンとかすかな物音がした。

振り向くと、貴沙烙が一人、桜を眺めながら、杯を傾けている。

彼はぼんやりと頬杖をつき、どこかうっとりしたような目で、月と桜を眺めていた。

今は、いつも連れている取り巻きも、そばにおいていない。

一人でいるのは、めずらしいな。

俺がそう思った時、ふっと貴沙烙の眼差しが動いて、俺の姿を見つけた。

だけど、何を言うでもなく、そのまま桜の方に眼差しを戻した。

桜は、風もないのに、はらはらと花びらを落とし続けている。

もう花の季節は終わりらしい。

その時、崖の方からザアッと強い風が吹き抜けてきた。

その風に桜が包み込まれた瞬間、数え切れないほどの花びらが巻き込まれる。

その花びらのせいで、風に色がついたようだった。

 

【青樺】

「あっ・・・・・・」


 

そんなことを思っている間に、俺は桜の花びらに包まれていた。

酒でほてって汗ばんでいた体には、夜の風は冷たすぎる。

俺は、風に吹きなぶられる髪をかき上げながら、歩き出した。

 

【貴沙烙】

「風か・・・・・・」


 

つぶやいた貴沙烙が、俺の方を見る。
 

【貴沙烙】

「ほう・・・・・・」


 

貴沙烙の目が、すいっと細くなった。

花を愛でる目付きで、俺のことを見る。

俺は、かまわず歩いていった。
そろそろ部屋の中に戻らないと、体が冷えてしまいそうだ。

俺は、貴沙烙の横をすり抜けようとした。

その時、また風が吹き抜ける。

 

【青樺】

「あっ・・・・・・」


 

ザッとたくさんの花びらに包み込まれて、俺は思わず目を閉じた。

瞬間、何かが俺の背に触れる。

 

【青樺】

「えっ?」


 

驚いて目を開けると、信じられないほど近くに貴沙烙の顔があった。

 

【青樺】

「うっ・・・・・・」


 

そのまま、拒む間もなく、口付けられていた。